不妊治療の需要が増え、そこで働く受精卵の培養・管理を行う胚培養士(エンブリオロジスト)の認知度もひと昔前よりも向上してきました。
特に高度生殖医療を行う施設では胚培養士の腕がそのまま施設のレベルの繋がると言われるほど、不妊治療施設においては重要なポジションを担います。
しかし、まだまだマイナーな職業であることは間違いなく、新たに胚培養士になりたいと思う人にとっては情報が足りていないのが現状ではないでしょうか。
本記事では胚培養士の離職率や代表的な退職理由を現役胚培養士が解説します。
この記事を書いている私は胚培養士歴約10年の現役胚培養士で、さまざまな胚培養士を見てきましたので信頼性の担保になると思います。
1.胚培養士の基本情報
胚培養士とはどのような職業なのでしょうか。
胚培養士とは名前の通り、胚(≒受精卵)を培養する不妊治療専門の技術者です。英語では”embryologist”(エンブリオロジスト)と呼ばれ、”embryo”とは胚の事を示します。
胚培養士の内訳としては、臨床検査技師などの医療系資格者や大学で発生学や生殖学を学んだ人がほとんどです。
胚培養士の仕事はもちろん受精卵の培養がメインではありますが、それに伴う採卵・精子処理、受精操作、凍結保存、凍結管理など多岐にわたります。それだけではなく学会発表や論文発表などの研究活動や患者への説明など非常に多くのことをしなくてはいけません。
しかしながら不妊治療において重要な責任をになうにも関わらず、国家資格ではなく日本卵子学会や日本臨床エンブリオロジスト学会が認定している、学会認定の資格です。
これら仕事内容や資格、バックグラウンドについては、以前『胚培養士・エンブリオロジストとは?【不妊治療を支える技術者たち】』という記事にまとめましたので併せて見てください。
また胚培養士になるための方法を新卒と転職者にわけて書いていますので、こちらも確認してください。
そして足りない情報としてはお金事情ですよね。そちらに関しても『胚培養士の給料事情【本当に年収2000万?そんなはずがない!】』という記事を書いていますので確認してください。
↑ちなみにこの記事は検索で上位表示される人気記事のひとつです!
それでは以下からは今回のテーマである離職率と退職理由について解説していきます。
2.胚培養士の離職率
胚培養士の離職率については、もちろん施設の規模や方針によって様々ですので一概には言えませんが、私の働いている施設や、胚培養士の横の繋がりで得た情報も基に記載します。
ここでいう離職者とは入職したスタッフのうちどれくらいが退職せず働き続けているかと定義しますので、厚生労働省の調査方法とは異なります。
結論から言えば、離職率は約40-60%です。すなわち入職したスタッフの約半分が何らかの理由で辞めてしまうということです。
はっきり言って高いと思います。
そしてその多くは1年目から3年目の初期に離職することが多いのが実情です。
一般的に言えば離職率が高いからといって悪い企業とは限りません。
定年退職するスタッフが多ければ離職率は高くなるのは当然だからです。
しかし、不妊治療施設で言えば、まだ新しい分野ですので、定年退職する年齢の人はまだほとんどいないでしょう。
それでは、胚培養士における離職者の退職理由はどういったものが多いのでしょうか。
3.胚培養士の退職理由
胚培養士はどのような理由で退職することが多いのでしょうか。
私の働いている施設や胚培養士の横の繋がりで得た情報も基に記載します。
・妊娠や出産
まず一番多いのは本人の妊娠や出産に伴う退職です。
これは胚培養士が女性が多い職業というところが密接に関連しています。
もちろん産休・育休後に復職される方もいますが、そのまま辞めていく方も一定多数存在します。
それは胚培養士が非常に神経を使う仕事という事と、その日の採卵数や精液所見によって帰宅できる時間が必ずしも定時ではないという点で、子育てをしながらは無理と判断する人も多いようです。
・結婚や夫の転勤
これも妊娠・出産と関連するのですが、女性の多い職場だからこその退職理由です。
夫の転勤で遠方に引越しする場合ももちろんですが、結婚で今までより少し勤務地から離れる場合に退職する方もいます。
それは胚培養士は培養室で深夜何かあった場合(培養器の故障など)のために、施設の近くに住むことを義務付けられていたり、お願いされることがあります。そうなると結婚で少しは離れるだけで退職という道を選ぶ人たちもいますし、単純に家事との両立で悩み退職する人たちもいます。
・技術的な悩み
胚培養士は顕微鏡下での非常に細かい操作を実施しなければいけません。
その技術的な操作はたいていの場合、日々の研修によって習得できますが、人には向き不向きがありますので頑張っても他のスタッフと同じレベルでできるようになるとは限りません。
さらに以前はできていても急に手が震えだしたり、細かい体調や心境の変化でできなくなったりしてしまいます。
このような悩みから退職する人も少なくありません。
・体調の悩み
以前の記事にも書きましたが、胚培養士はずっと同じ姿勢で顕微鏡を覗き続けたりするためか腰を悪くする人も多いですし、目の疲れから頭痛を持っている人もいます。
また重圧やストレスから持病を悪化させたり、鬱を発症する人もいます。
体調の変化だけで退職する人は少ないですが、何か別のきっかけ、例えば結婚や同棲、親の入院、親族の介護が必要になったなどのタイミングで退職する人が多いです。
・別の仕事に転職する
胚培養士は研究者を目指していたが見つからず胚培養士になったという人もいますし、動物の繁殖(動物の飼育)の仕事をしたかったが見つからず胚培養士になったという人もいます。
そのような人が元々目指していた職業を諦めきれず退職する場合があります。
他にも公務員を目指したい、普通の臨床検査技師の仕事もしてみたいなど、胚培養士として働いてみてから思ってた仕事と違ったので辞めたいと申し出る人たちもいます。
・環境や人間関係に悩む
これは一般的にもよくある退職理由ではありますが、胚培養士の場合、培養室という窓がない狭い環境でいつも同じメンバーで仕事するとなればギスギスすることは多いようです。
特に女性スタッフだけの培養室には多いようです。
そのため、そのような施設を辞めて他の施設で胚培養士をする場合、あえて男性のいる施設を選ぶという人もいます。
4.さいごに
いかがでしたか。胚培養士という女性が多い職業ならではの退職理由と、技術的に繊細という点で精神的・肉体的に体を悪くするという退職理由があるということがご理解できたでしょうか。
もちろん退職には一人一人の理由がありますので、ここに挙げたのはごく一部で他にも様々な理由があると思いますし、単純に嫌になったという人もいるでしょう。
なぜ今回このような記事を書いたかというと、最近、非常に軽い気持ちで胚培養士になる人が多くなったと思うからです。
特に多いのは大学の研究室で胚培養士になった先輩が多く、『簡単になれると思った』『就活を早く終わらせたかった』『研究できると思った』という学生が多いです。
(もちろん直接は言いませんが、話していたらわかります)
もしそのような人がいるのなら「そんな甘い世界じゃないよ」と教えておきたかったのです。
でないと雇った側も雇われた側も後々嫌な思いしますからね。
ちなみに胚培養士の仕事を否定したい訳ではなく、非常に誇れるいい仕事と私は思っていますので、志のある方は目指してみてください。
胚培養士の仕事について質問がある人は気軽に連絡してくださいね。
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