2022年4月ついに不妊治療の保険適用化が始まりました。
期待し、待ちわびていた人も少なくないですよね。
以前、不妊治療の保険適用について考える【医療者からみた期待・疑問・問題点】という記事を書きました。
この記事の中では不妊治療が保険適用化されるにあたって解決すべき問題点を記載しました。
果たして、始動した不妊治療の保険診療はこれらの問題点を解決することができたのでしょうか。
公表された制度を考察していきたいと思います。
この記事を書いている私は、実際に不妊治療施設で約10年働いていますので、信頼性の担保になると思います。
1.問題点は解決されたのか
以前書いた記事『不妊治療の保険適用について考える【医療者からみた期待・疑問・問題点】』の中では、薬剤や機器の認可、混合診療、治療法の統一、治療実績の公表、凍結保存料、科学的なエビデンス、法整備、胚培養士国家資格化を問題点としてあげました。
これらは解決したのでしょうか。1つ1つ見ていきましょう。
1-1.薬剤や機器の認可
厚生労働省は今まで未承認薬・適応外薬としてきた薬剤を、不妊治療の経済的負担の軽減を図るため、適応症と効果が明らかな治療には広く医療保険の適用を承認してします。
これによって今まで不妊治療においては適応外として扱われていた薬剤が、不妊治療の保険診療のなかで使用できるようになりました。
しかし、本来保険には治験の結果をもとにした適応が必要となりますが、今回の承認はこの辺りを全てバイパスされており、保険適用開始に間に合うように付け焼刃で承認したように見えます。
また、全ての薬剤が承認されている訳ではありませんので、不妊治療施設では認可されている薬剤だけで保険の不妊治療をしなければならず、今まで行ってきた治療法を変えざるを得ない場合もあります。
また培養室の機器に関しては全く触れられていないのが現状です。
ここに触れてしまうと間に合わないと踏んだのでしょう。
1-2.混合診療
残念ながら混合診療については全く解決されませんでした。
しかしこれはある程度予想されていたことで、不妊治療だけを特別扱いできないですからね。
これを解決するために先進医療という枠を使って、保険でカバーされない部分を保険診療と併用できるように提案されました。
それによってタイムラプス培養などが先進医療として保険診療と組み合わせて使用できるようになりましたが、タイムラプスが保険ではなく先進医療とは・・・・
もう10年以上前から使用されている機器が先進医療として申請しなければ使用できないとは残念としか言えないですね。
また混合診療を避ける目的で先進医療を使いましょうとなりましたが、各施設が先進医療の承認の申し込みをした結果、項目が多すぎたのか現在ほとんど審査さえされていません。
この混合診療と先進医療の問題は今後も続いていきそうですね。
1-3.治療実績の公表
治療実績の公表については少し進展がありました。
厚生労働省は年間の治療件数、費用、医師、看護師、胚培養士ら専門スタッフの配置人数などを開示義務としました。
しかし、治療成績については義務化されておらず、一番知りたいことが未だブラックボックスなのが現状です。
また、公表されたデータは施設から返ってきたPDFデータを張り付けているだけで、これでいいのかな?と思う内容でした。
少しの進展はあったものの、透明性・信頼性のある情報の開示にはまだまだ程遠い現状です。
1-4.凍結保存料
受精卵の凍結保存料についてはカバーされたようです。
しかし、更新年月などに制限があり、中途半端としかいえない内容です。
また、未だ不明な点も多く、特に精子の凍結については殆ど触れられていないのが現状です。
そうすると男性不妊を中心に行っている施設では保険診療はやっていけないでしょうね。
1-5.科学的なエビデンス
この辺りはほんの数年では何も変わりません。
エビデンスは長い年月かけて証明されるものでしょう。
しかし、生殖医療ガイドラインや先進医療の審査など、不透明性に欠けるものが多く存在します。
『なぜこれがOKで、なぜこれがNGなのか・・・』ようなものが散見されます。
本来、長い年月をかけて審議する内容をたった1年余りで作成したことが明白です。
1-6.法整備
法整備に関しては全く進みませんでした。
相変わらず、学会の会告やガイドラインの範疇で実施されています。
保険適用化という絶好のチャンスでしたが、残念です。
1-7.胚培養士の国家資格化
これも法整備と同様に、保険適用化というタイミングで絶好のチャンスでしたが、審議すらされていないようです。
体外受精に関わる技術的操作を一手に請け負っており、今回の保険適用でも多くの内容に関わるはずの胚培養士ですが、その存在すらなかったかのようにされています。
不妊治療の保険診療に関わる資料の中に「胚培養士」や「エンブリオロジスト」という文言は一切ありません。
生殖医療ガイドラインの中では医師以外の人員として『1名以上の胚を取り扱える技術者(医師あるいは胚培養士)』『年間150件以上の採卵を行う施設では2名以上の胚培養士の設置が望ましい』と辛うじて胚培養士について記載がありますが、たった1名の胚培養士でどうやって培養室の管理やダブルチェックを行うのでしょうか。
残念ながら、国家資格化へはまだまだ遠い道のりのようです。
2.誰のための保険適用化なのか
菅政権の目玉政策の一つとして掲げられた「不妊治療の保険適用化」ですが、張本人は早々に退陣し、また急いで制度作りをしたため、中途半端・現場無視と言わざるを得ないものになってしまいました。
案の定「助成金の方がよかった」という声も少なくありませんし、施設によっては「保険診療は実施しない」と判断したところもありました。
また現場への周知も遅すぎるので現場はパニック状態ですし、解釈がよくわからないまま惰性で進んでるところもあるのではないでしょうか。
この解釈というのは非常に重要で、この解釈を間違えてしまうと、保険料の支払いがされず、また患者さんから受け取った料金も含め全額返金しなければいけなくなるのです。
そんなことになれば、施設の経営は成り立たなくなります。
また保険点数が思ったよりも低かったため、施設としては今まで通りの機器・機材・消耗品・薬剤・試薬などを使用できなくなり、結果的にレベルを下げざるをいけなくなっているのも事実でしょう。
もし今までと全く同じ条件で実施できる施設があれば、それは元からのレベルが低い施設かもしれませんね・・・。
レベルが下がり恩恵を受けれるのは一部の患者かもしれない・・・、現場はパニック・・・一体誰のための保険適用化で、誰が得をしたのでしょうか。
得をしたのは助成金を払わなくてよくなった政府だけかもしれませんね。
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