最近、不妊治療の新技術としてPGTをよく聞きませんか。細かく分けると「PGT-M」「PGT-SR」「PGT-A」に分類されます。特にPGT-Aは最近やっと日本でも臨床研究が始まりました。しかし、誰でもこの検査を受けられる訳ではありません。本記事ではPGTの基本的な情報とどういった技術なのか、知っておくべき事を解説します。
この記事を書いている私は不妊治療施設で10年以上働く現役胚培養士です。また実際にPGTに携わっていますので、信頼性の担保になると思います。
1.PGTの種類と基本情報
PGTはPreimplantation genetic testingの略で、日本語では着床前診断(チャクショウゼンシンダン)と呼びます。
すなわち、着床する前の受精卵から細胞を一部取り出し、遺伝子検査や染色体検査を行い、胚移植可能な胚を選別する方法です。
一口にPGTと言っても3つに分類されます。
「PGT-M」「PGT-SR」「PGT-A」の3つです。
特にPGT-Aは最近よく聞く言葉ですよね。
着床前の受精卵から妊娠しやすい受精卵を選び出すことができれば、夢のような技術ですよね。
でもPGT-Aのことちゃんと知っていますか?知らないとお金や時間を無駄にするかもしれませんよ。
それではそれぞれについて解説していきましょう。
2.PGT-M
ひと昔前まではPGDと言われていました。
単一遺伝子疾患に対する着床前診断の略になります。
簡単に言うと遺伝性疾患を持った子供が産まれるのを減少させることができます。
両親のどちらかが遺伝性疾患を保有している、あるいは遺伝病の家族歴がある場合などが適応となります。
これらは事例ごとの日本産科婦人科学会での審査を経て認可を受けたものが対象となりますので、遺伝性疾患を持っているからと言って全てが対象となるわけではないと思われ、特に重篤な遺伝性疾患に限られています。
その他にも施設側の基準などもありますので、経験豊富な施設を選ぶことをおすすめします。
これまでに認められている遺伝子疾患の一部は以下の通りです。
・デュシファンヌ型筋ジストロフィー
・筋強直性ジストロフィー
・副腎白質ジストロフィー
・オルニチントランスカルボミラーゼ欠損症
・リー脳症
・MTHFR欠損症
・ピルビン酸脱水素酵素欠損症
・拘束性皮膚障害
・骨形成不全症
・脊髄性筋萎縮症
・ペリツェウス
・メルツバッヘル病
・先天性ミオパチー
3.PGT-SR
以前まではPGT-Mと合わせてPGDと呼ばれており、均衡型染色体構造異常保因者に対する染色体検査です。
最近ではPGT-Mとは別にPGT-SRと呼ばれるようになりました。
特定の遺伝子を検査するわけではありませんので、解析的にはPGT-Aと同じ技術です。
均衡型染色体構造異常保因者で流産を繰り返す症例に適応されます。
4.PGT-A
PGT-Aは染色体の異数性検査になります。
すなわち受精卵の染色体の数が正常かどうかを調べる検査です。
染色体数が1本多かったり、少なかったりすると流産の原因になりますし、また21番染色体など一部の染色体では、数が正常数と異なっても産まれてくる可能性があるありますが、先天異常を持った児が産まれますので(21番染色体の場合ダウン症)、これらを防ぐ目的で行われます。
以前までは小規模な臨床研究しか行われておらず、実施できる施設が限られていましたが、現在は大規模な臨床検査が行われており、実施できる施設も増えました。
実施施設は約70施設ありますが、日本産科婦人科学会からの公表はないので、各施設のホームページなどで確認する必要があります。
適応は以下の通りです。
・体外受精・胚移植(ART)施行中で直近の胚移植で2回以上連続して臨床的妊娠(胎嚢確認)が成立していない方
・直近の妊娠で2回以上連続した流産(胎嚢確認後)を経験している方
・夫婦いずれかが染色体構造異常(均衡型転座、ロバートソン転座)の保因者である方
夢のような技術ですが、PGT-Aのことをちゃんと知っていますか?
PGT-Aを行う上で知っておいて欲しいことが8点あります。
PGT-Aを行いたい人は必ず知っていただき、本当に行う必要があるのか確認しましょう。
・嘘をつかないで
他院でのこれまでの流産歴を始めとした治療歴は自己申告となります。
そのため、PGTを受けたいがためにこれまでの治療歴に嘘をついて、自分を無理やりPGT-Aの対象とすることは可能ではあります。
しかし、PGT-Aは臨床研究ということを忘れていただきたくないのです。
すなわち多くの人が嘘をついてしまうと、研究として正確なデータを出すことができなくなってしまいます。
そうすると、将来的に本当に必要な方が治療を受けられなくなったりする可能性があるのです。
・男女の産み分けはできない
染色体の数を確認しますので、検査した胚の性別は知りたくなくても検査結果として出てきてしまいます。
そのため、病院側は胚の性別を知っていますが、患者様はその性別を知ることはできません。
といいますか知ってはいけません。
これは日本産科婦人科学会の会告として出されており、もし違反すると専門医の資格を剥奪されたり不妊治療実施施設から除外されたり、学会から除名される可能性があります。
そのため、男女の産み分けはできませんので患者様は知ろうとしないでください。
・受精卵のクオリティーを下げる
胚培養士として一番強調したいのはこれです。
どうやって受精卵の検査をしているかご存じですか?
苦労して育てた受精卵の一部を物理的に千切ったり、レザーの熱を使って焼いて引っ張り切ったりします。その中からDNAを取り出し断片化させ増幅することで、DNA断片の量から染色体数を間接的に見出します。
この受精卵の一部を切り取る行為によって受精卵の質は間違いなく低下します。
その低下は受精卵の元々のクオリティーや術者の腕によっても様々です。
場合によっては変性する可能性すらあります。
そのため、本来妊娠や出産に至った可能性がある受精卵が、PGT-Aの検査のためにクオリティーが低下したことで、妊娠に至らないということも十分に考えられるでしょう。
・検査会社によって解釈が変わる可能性がある
多くの施設では受精卵の生検だけ行い、検査自体は検査会社に委託することがほとんどです。
しかし、検査結果の解釈は検査会社によって変わる可能性があります。
AIによって客観的に読み取る会社もありますし、人の手で読み取る施設もあります。
人によっても解釈は異なります。
そのため、検査会社や人によって胚移植可能とする胚の基準が異なる場合があります。
それぐらい不安定な検査なのです。
・検査した細胞が受精卵の全ての細胞を反映している訳ではない
専門的に言うとモザイクという問題があります。
検査をするのは全体の5から10細胞程度で、それを調べても受精卵の全体を調べたとは言えません。
すなわち検査をするのは胎盤などを形成する外側の細胞であり、赤ちゃんになるのは内側の細胞であり、全く同じとは言い切れません。
そのため、例えば胚移植可能とされた受精卵を移植した結果、流産し、その流産検体を調べた結果、染色体の一部に異数性があったなんてことは普通にありますし、逆に海外の報告では胚移植できない染色体異数性のある受精卵と鑑定された受精卵でも正常な児が産まれるというケースもあります。
・検査料が非常に高い
不妊治療自体が自由診療で治療費は高額ですが、その中でも最も高額なのはPGT-Aと言えるでしょう。
1つの受精卵あたり検査料は5万~10万ぐらいが相場のようです。
また検査の際は、効率の問題から3個から10個ぐらいをまとめて検査することが多いです。
そうなると検査料だけでうん十万という事になります。
施設によって料金設定が異なりますので、何施設か確認してから始めるのも手かもしれませんね。
・認定施設で行いましょう
認定施設ではなくてもアンダーグラウンドで行っている施設もあります。
認定されている施設は厳しい審査を通過して行っています。また今まで臨床研究が行われるまでルール違反をせずに我慢していた施設です。
ルール違反をし、また審査を通っていない施設で行うと適切なカウンセリングが行われなかったり、検査結果の解釈が適切でない可能性があります。
・胚盤胞培養が必須になる
現在のPGT-Aは胚盤胞で行うことが一般的です。
高齢の場合、胚盤胞への発生率自体が低率です。そのため初期胚移植を行うことが多いです。
しかし、PGT-Aはそれに逆らい胚盤胞培養を行わなくてはなりません。
その結果、胚盤胞にはほとんど発生せず、さらに培養料金だけ追加でかかるという事が起きえます。
PGT-Aを行いたいと考えている人はこれら7つのことと天秤をかけ、流行りに流されず本当に行う必要があるのかよく考えなくてはいけません。
4.最後に
PGT-MやPGT-SRはその保因者にとって福音を与えるものであり、実施すべき検査です。
しかし、PGT-Aは一見夢の技術に見えますが、まだまだ研究段階の技術であり、すべての人が実施すべき検査ではありません。
しかしながら、流産を繰り返す人にとっては必要な技術であり、今後も行われるべきだと思います。
今後は非侵襲的(受精卵に影響を与えない)な技術が確立されれば、更に多くの方に福音を与えるかもしれません。
5.まとめ
・PGT-MやPGT-SRは必要な遺伝子検査である
・PGT-Aは未だ効果が不明な研究中の検査である
・PGT-Aの治療費は高額
・生検術者や検査会社によって結果が異なる可能性がある
・生検することで受精卵の質が低下する
・検査結果が受精卵の全ての細胞を反映している訳ではない
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