「卵子の老化」という言葉はNHKスペシャルで放映されたり、書籍が発売されていることから、多くの人に知られるようになりました。
しかし、加齢に伴う男性側の問題は造精機能の低下以外はあまり議論されていないですよね。それは父親の高齢化の影響は遅延的に現れ、一般的に認知しにくいからだと思われます。
本記事では、男性の加齢が次世代に及ぼす影響を生殖医療の専門家がわかりやすく解説します。
1.男性の加齢と女性の加齢の違い
不妊治療において女性の加齢は「卵子の老化」という言葉で広く知られるようになりました。
これはNHKスペシャルでの放映や書籍の発売などメディアの力が大きく影響しました。
(このサイトでも『卵子の老化』の記事がありますので参考にしてください)
しかし、男性側の加齢はどうでしょうか。
男性側の加齢の問題は造精機能の低下、すなわち精子を作り出す能力が少し低下したり、精子の運動が弱くなることなどしか議論されません。
またこれらの低下は顕微授精(主にICSI)を行うことで解決できるとされています。
この違いは何なのでしょうか。
これは女性の加齢、すなわち母親の高齢化は、ダウン症のような染色体異常による先天的な異常のような形で、産まれた時点や出生前診断のように産まれる前から明らかになる一方で、男性の加齢(父親の高齢化)は遅延的に現れることが多いことが要因と考えられます。
遅延的に現れるってどういうこと?
代表的には「自閉スペクトラム症(ASD)」です。
自閉スペクトラム症とは自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群などをまとめた表現で、コミュニケーションの異常やこだわり行動、精神遅滞、注意欠陥、多動性障害(ADHD)などを伴う精神疾患です。
これらの様態が現れるのは3~5歳くらいになってからと言われています。
すなわち、産まれてすぐにはわかりにくく、ある程度成長してからなんとなく行動に現れてくるのです。
最近このASDの発症に影響する因子として父親の高齢化が示されています。
男性側の加齢は他にも統合失調症や精神遅滞、低体重にも関わることが知られています。
それではどのように男性の加齢の影響が次世代に伝わっていくのでしょうか?
2.どのように父親の加齢が次世代に伝わるのか
男性の加齢がどのように次世代に影響を与えていくのかを知る上で、キーワードになるのが「エピジェネティック修飾」という言葉です。
エピジェネティック修飾とはDNAやDNAが巻き付くヒストンというタンパク質にメチル化やアセチル化修飾がつくことで標的となる遺伝子のスイッチがON/OFFの切り替えられるというものです。
DNAは設計図と例えられますが、1人につき1つのDNA配列しか持っていません。しかし、体中の細胞は様々な働きがあり、種類ごとに全く異なります。
これはこのエピジェネティック修飾が大きく関係しています。
すなわち、ある領域がアセチル化されることで「ここを重点的に読んでよ!」、メチル化されることで「ここはあまり読まなくていいよ!」と目印が付くことで、1つの設計図でも多様な細胞があるのです。
男性の加齢が次世代に及ぼす影響については、このDNAのメチル化変異が関わっている可能性があります。
2-1.ヒトにおける研究
アメリカでASDの子供をもつ家族協力のもと行われた研究によると、父親の精子DNAメチル化の変化と子供のASD的な兆候が相関し、また複数のDNAメチル化の変化がASD患者の死後能検査において共通することが報告されています。
この研究が元となりマウスによる原因究明が行われるようになりました。
2-2.マウスにおける研究
加齢した雄マウスを若齢の雌マウスと交配させた結果、産まれた子供は体重減少、音声コミュニケーションの異常や空間学習の異常などASDや統合失調症に類似する行動異常があることが示されました。
その後、加齢マウスの精子DNAにおいて96ヵ所の低メチル化領域が同定され、このメチル化領域に共通する現象として、神経細胞分化に重要なタンパク質であるREST/NRSFが関与していることがわかりました。
また、加齢した雄マウス由来の子供マウスの脳におけるDNA発現を調べた結果からも、REST/NRSFの標的遺伝子やASD関連遺伝子の発現変化があることがわかりました。
さらに若齢の雄マウスに低メチル化剤を投与し、人為的に低メチル化状態を引き起こした状態で若齢雌マウスと交配させた結果、産まれた子供マウスは同様にASDに類似する行動異常があることが明らかになり、精子の低メチルはASDと関連することが明らかとなっています。
3.さいごに
女性の加齢は卵子の染色体異常という表現的にわかりやすく、またメディアによる「卵子の老化」というキャッチーな言葉のおかげで広く知られるようになりました。
しかし、男性の加齢はエピジェネティックな異常という表現的にはわかりにくく、また不妊というよりかは、産まれてからの神経発育に異常をきたす可能性があるということで、あまりフューチャーされてきませんでした。
さらに、このエピジェネティックな変化がどのように次世代に影響を与えるのか未だ不明な点が多いこともその要因の1つでしょう。
しかし同じ老化でも、卵子の老化は、卵子という細胞がお母さんのお腹の中にいる時にでき、それが20年30年40年の時を経て次世代の形成に関わるという本当の意味での老化である一方で、精子は毎日大量につくられており、その男性本人の老化によって引き起るので本質は異なります。
男性の老化についてはなんとなくわかったけど、どうすればいいの?
エピジェネティックな異常がどのように次世代に受け継がれるのかそのメカニズムがわかっていないので、その治療法や原因解決は現在のところありません。
あえて言うのであれば、「男性も早く子供を作ること!!」ということです。
晩婚化・晩産化は女性だけの問題だけでなく、双方の問題なのです。
最後に未だ科学的なエビデンスはありませんが、最近ではサプリメントの服用も効果があるかもしれないと言われています。
1つは抗酸化サプリです。以前紹介した強力な抗酸化作用をもつ「PQQ」を個人的にはおすすめします。
また2つ目は葉酸です。葉酸は女性において妊娠前から妊娠初期の服用で胎児の先天異常である神経管閉鎖障害のリスクを少なくすることで知られています。唯一、妊娠時のサプリメント摂取の効果が科学的に認められていると言っても過言ではないかもしれません。
このように葉酸は神経発達に重要な働きを持つことから男性の老化が次世代の神経発達に影響を及ぼすことにも効果があるのではないかと最近期待されています。
卵子と精子の老化について正しい理解が広がることが大切で、また科学的によい解決法が開発されることを期待します。
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